映画「パラサイト」レヴュー

2019年のアカデミー作品賞では、韓国映画の「パラサイト~半地下の家族~」が作品賞、監督賞、外国語映画賞等の主要部門を独占しました。

現地の中継を見ていた私は、驚いたと同時にとてもうらやましい気持ちになりました。なぜなら、韓国映画の勢いが高まり、世界的に評価されているということを知ったからです。

そして、世界で高評価だった日本映画のベルが低くなってきていると感じていたからでもあります。

近年の日本映画の中でクオリティが高いものはごくわずかです。ヒット作は、ドラマから派生した作品ばかりです。この状態は日本映画のガラパゴス化とも言えるでしょう。

反対に韓国映画には非常に勢いがあります。そのような中、嫉妬心からか、今まであまり観たくないと思っていたこの作品を鑑賞することを決心をしました。映画好きの血が騒いだのです。

感想はというと、完成度の高い作品で大いに楽しめました。

では、この映画の魅力について語っていきましょう。

サウンドデザイン

私の視聴システムというと、14畳の部屋にパイオニアのAVアンプとプロジェクター、スクリーン120インチ、JBLスピーカーを中心に9.1チャンネルのサラウンドを構築しています。

家庭におけるミニ映画館です。

TVのスピーカーだけでは、サウンドに対する監督の意図はわかりませんが、このシステムは、映画館に近い環境なので、監督の意図する世界観を鑑賞できると思っています。

鑑賞すると、まずサウンドに驚きました。サウンドといっても音楽ではなく、効果音の方です。

SFやアクション映画などは、サウンドデザインが非常に凝っており、物体の移動感や、弾丸の方向性などを明確に表現するのもが多く存在しています。

この作品は、いわゆるドラマなので凝ったサウンドデザインは、期待してはいませんでした。それが鑑賞し始めるとよい意味で裏切られました。

まず、靴音です。画面には靴音の主は打っていないのに、斜め後方から登場人物に向かって「コツコツ」と、少しずつ、少しずつ近づいてきます。音だけでどんな人物が登場するのか興味関心を高めていく音の巧みな演出です。

そして、大人数の人間が庭で大騒ぎする場面では、人物の一人ひとりのつぶやきや、ささやき、あるいは、素早く移動する足音、遠くの悲鳴などがあらゆる方向から聞こえてきます。

また、鳥の鳴き声や、街の雑踏の音、食事する音など、実に細かく表現されており、物語に臨場感を与えています。それらはドラマに現実味をもたせることに成功しています。

物語の後半より、地下室の場面が出てきます。その地下室の残響音が実にリアルです。見ている私は、この残響音で閉塞感を感じ、常に息苦しさがありました。

最後に大きなどんでん返しがある

完成度の高い脚本

非常に練られた脚本です。こっけいさあり、ミステリアスな部分あり、シリアスな場面もあります。そして、韓国社会を痛烈に批判しているようなエピソードもあり、映画を面白くさせるエキスが随所にちりばめられています。

前半は、貧困な家族が徐々に、富豪の家族をだまし、就職先にしてしまいます。

まず、貧困家族の長男が富豪の娘の家庭教師として、入り込み、息子の美術の家庭教師として、娘が入ります。そして、運転手として、父親が、そして、最後に、母親が、家政婦として入ります。

貧困家族が、富豪の家族の困り感に寄り添い、親身になって相談にのるふりをし、職にあるついていく様は、鑑賞しながら非常に心地よいものでしす。

「やっぱりそうなるだろうな。」と、予想したことが、その通りになる安堵感が心地よいのです。

しかし、後半は、予想もしなかったことが、次々と起こり始めます。それは、韓国というお国柄なら、現実的に十分にありうるものなのでしょう。

特に、貧富の差と金持ちが、そうでない者を見下すシンボルとして、におい(臭い)をつかうとアイデアには、感心しました。上流階級の人間からすると、下流の人間は鼻につく臭いにおいがあるというのです。

そのにおいをつかって、上流が下流にいかに親切にしていても心の中では見下しているということを表現することに使うなんて、よいアイデアだと思ってしまいます

問題提起

この映画は韓国社会の問題点を実に見事に表願しています。私が、特に感じたのはやはり貧富の差でしす。

どんなに頑張っていい大学へ入っても、希望の安定した大企業に就職できるのは、ごく僅かだと言います。

韓国では、大企業に入るために、子どもたちは、ものすごい受験戦争を勝ち抜いていかなかればならないと言われています。

サムソンやLGのような大企業に入るために幼いころから猛勉強している子が多いようです。そして、親たちはかさばる子どもの学習塾の費用に苦しむことになるのです。

もちろん競争に勝ち抜けなかった若者の方が、多く存在します。彼らは挫折し、ニートや無職、あるいは、高学歴ワーキングプアになり、不本意ながらも不安定な職に就いてしまうようです。

また、韓国は自殺者が非常に多い国です。2003年から2019年まで、OECD加盟国中で最悪の自殺率です。

このような韓国社会の生きづらさを表した「ヘル(地獄)朝鮮」という言葉があります。

この映画に出て来る下流家族の生活はまさに「ヘル(地獄)朝鮮」という言葉にぴったり合います。アパートの半地下の狭い部屋で地獄のような生活を余儀なくされているからです。

この作品がアカデミー賞を獲得したというニュースは韓国社会に差し込む「一条の光」だったのではないでしょうか。

その他の作品

ポン・ジュノ監督は他にも名作を撮っています。私が最初に観たのは「殺人の追憶」という映画です。

ある農村の用水路から女性の遺体が発見されます。パク刑事が捜査を始めますが、再び新たな遺体が発見されます。

容疑者として、知的障害者が浮上し、農村に来たソウル市警の警官たちは、その知的障害者を犯人にしたて上げるように証拠を捏造し、自白を強要します。

知的障害者は、殺害方法を話し始めますが、その方法は彼の身体的なハンディのある体では、どうしても無理な内容でした。

捜査線上に「テリョン村の寂しい男」が浮かんでいますが、実態を捉えるまでには至りませんでした。

結局、第1の事件から第5の事件まで、多くの殺人が行われます。やっと真犯人を追い詰めることがでるのですが、DNAの鑑定の結果、犯人ではないことがわかります。

それから、数年月日が過ぎ、刑事を辞め、サラリーマンに転身したパクは、第1の犯行が行われたところを偶然訪れます。そのときに、衝撃の事実を知ることになります。

ネタバレになるので「衝撃の事実」は伏せておきましょう。この事実は、すさまじい衝撃となり鑑賞者を恐怖に陥れます。そして、この映画のエネルギーに圧倒されることでしょう。

黒澤明監督の天国と地獄

類似の映画

この作品とよく似ているのは、黒沢明監督の「天国と地獄」という作品です。これも、お金持ちの家庭から誘拐した人質の息子の身代金を要求するという内容で、上流と下流の対立軸がテーマとなっています。

パラサイト(寄生)するような場面はないのですが、丘の上にある靴会社の社長宅を羨望の眼差して見上げる丘の下の貧乏長屋の青年の気持ちがよく描かれている作品です。

金持ちに対する嫉妬心や底辺にいる挫折感や焦燥感のようなものが画面から、ヒシヒシと伝わってきます。

身代金を払うか否か迷う大会社の常務・権藤を名優三船敏郎が演じています。身代金を払うか払わないでおくべきか、葛藤する様を実に見事に演じ切り、物語に緊迫感と深みを与えています。

終盤に誘拐犯が捕まり、権藤の邸宅が天国、自分の貧乏長屋が地獄だと絶叫するシーンは、強烈です。見事なラストです。

この作品は約60年前と古い作品ですが、貧富の差という人類の永遠のテーマについて、問題提起しながら一級の娯楽作品に仕上げています。鑑賞後は人間の尊厳について深く考えさせられること間違いありません。

やはり黒澤作品は、徹底したリアリズムとすばらしい演出で深い感動が味わえます。

出典:「パラサイト 半地下の家族」オフィシャルサイト

韓国社会の縮図

韓国の問題は、

作品のストーリは現代の韓国社会の多くの問題を凝縮していると思いました。この国では、

・貯金がなくビル清掃や駐車場の交通整理などで、生活費を稼がないと生きていけない高齢者

・毎月10万円以上もかかる塾代に家庭の財政を逼迫される受験生を持つ家族

・20代の失業率がおよそ1割以上

・新生児の出生率が1以下

・高級住宅街に隣接するベニヤ板で作られたスラム街(事業等で失敗した低所得者が多く住む。)

などが社会問題となっているようです。

この作品の家族は、無職の父母、浪人中の長男、美術大学に合格できない長女の4人が、他の家のWI-FIを無断で使ってインターネットをしています。家計はというと、ピザ屋の宅配用の箱を組み立てる内職でなんとかその日をしのいでいます。

そして、住まいは老朽化したアパートの半地下で、通りの汚物が飛んで来るような最悪の環境です。

韓国では、このように社会の底辺で日々の生活をするのが精いっぱいというの家族がたくさん存在しているのではないでしょうか。

受験勉強を勝ち抜いて、一流大学を卒業しても、サムソン、LG、ロッテなどの大企業に就職することは至難の業です。

若者の中では、努力しても努力しても報われないので、「ヘル朝鮮」という言葉まで生まれているそうです。

では、韓国という国は、国際社会ではどのように捉えられているのでしょう?

先日、元従軍慰安婦へ賠償するよう、韓国の裁判所が日本政府へ命じました。

いわゆる慰安婦問題で賠償命令をすることは、最終的かつ不可逆的な解決とした日韓合意を反故にするたいへん日本を侮辱した判決です。

国と国の約束を守れない韓国は、成熟した国家とは言えないと思います。

このように、国際社会の中では、非常に幼稚と考えられる韓国なのですが、映画文化は、成長しているのは確かです。

拡がる経済格差や永遠に自己実現できない国家、そして、フラストレーションが溜まりに溜まった国民性などがハングリー精神を育み、良質な映画を創る原動力になっているのかもしれません。

アカデミー賞4部門のポン・ジュノ監督

かつての日本も戦後の復興と同時にハングリー精神を源とした作品が、黒澤明、小津安二郎、木下恵介、溝口健二などの手で産み出されていたのです。

終わりに

これからも韓国映画から目が離せません。ポン・ジュノ監督を中心として、多くの名作を世に送り出してくることでしょう。

日本映画もそろそろガラパゴス化を止め、世界に通用する作品を作り出してほしいと願います。