「つけびの村   噂が5人を殺したのか?」レヴュー

はじめに

筆者の私は、山口県の周南市の隣の市に住んでいます。いまから、およそ5年前に、周南市で信じられない事件が起こりました。『こんな恐ろしい事件が近くで起こるなんて!』と身震いしたものです。

最近、近所の本屋でぶらぶらしていると事件のことを忘れかけていた私の目に、この本のタイトルが飛び込んできました。事件の真相を知りたいという好奇心に駆り立てられ、この本を購入しました。

その内容は、私の予想をはるかに超えた複雑怪奇なものでした。以下に本の内容と感想を紹介します。

もちろんネタバレとなっていますので、この本を予備知識なく読んでみたい方は、十分にお気を付けください。

著者紹介

高橋 ユキ

1974年生まれ、福岡県出身。2005年、女性の裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。翌年、同名のブログをまとめた書籍を発表。以降、傍聴ライターとして活動。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆している。著書に『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社)、『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)など。

(出典;東洋経済オンライン)

取材のきっかけ

著者(高橋ユキ)に、ある雑誌の編集部から「金峰地区に夜這いの風習があるらしいから調べてほしい。」と、要請がありました。

この時代に「夜這い?」と興味をそそられた著者は、山口県の周南市の山里にある地区を取材することにします。その地区は、今から5年前に連続殺人事件が起きた人里は連れた村だったのです。

そして、著者はその忌まわしい出来事があった村に何度も足を運び取材を重ねていきます。村人に「夜這い」の話を尋ねていくうち、多くの「噂話」を聞くことになっていったのです。

事件について

2013年7月21日に周南市で、日本列島を震撼させる事件が起こりました。周南市の山奥の山村「金峰(みたけ)地区の郷集落(ごうしゅうらく)」で、村人5人が惨殺され家二軒が放火されるという大事件です。

被害者の5つの遺体には陥没骨折、足には殴打痕があり、その中の3体には、口の中に異物が突っ込まれた形跡がありました。事件から4日経過し、山林に潜む63歳の男が殺人と放火の疑いで警察に確保されました。

その際、男はTシャツとパンツの下着姿で、靴も履いていない異様な格好をしていました。男は保見光成(ほみこうせい)といいます。

警察は保見を確保した後、山中でICレコーダーを見つけます。そのレコーダーには、

「ポパイ、ポパイ、幸せになってね、ポパイ。いい人間ばっかしと思ったらダメよ。うわさ話ばっかりし、うわさ話ばっかし。田舎には娯楽はないんだ、田舎には娯楽はないんだ。ただ、悪口しかない」

という、意味不明な保見の声が入っていました。

後日、保見はICレコーダーに残された声は、両親に当てたメッセージ(遺書だとも)だと言っています。(両親は事件前に他界)

筆者の私は、小学校の教師をしていた叔父から「あの犯人は、私の教え子だ。村の普通のこどもだったがな。あんな恐ろしいことを!信じられない。」という言葉を聞き、さらに驚いたものです。

限界集落とは

事件のあった金峰(みたけ)は、限界集落です。限界集落とは、過疎化などで人口の50パーセント以上が65歳以上であり、過疎化、産業の後継者不足、情報格差などの諸問題がある集落のことです。

この集落の金峰(みたけ)には、若者がいなくて、高齢者ばかりが住んでいます。高齢者が多いと、おのずと最新の情報が入りにくくなります。

SNS全盛の現代において、情報が入ってこないというのは信じられません。しかし、このような村ではTV以外で情報を得ることが難しいのです。携帯電話もつながらない環境なのです。

日本全国のどこでも人が住んでいる場所では、携帯電話はつながるし、モバイルデーターも十分に通信できるよと考えてしまいがちです。しかし、まだ、情報通信環境が不十分な場所も存在するのです。

そんなデジタル情報がない村では独自のアナログ情報が村人の生活を支配していました。

それは、「噂」です。中でも保見や保見の家族についての「噂」は独り歩きし、保見を孤立させる原因の一つになっていたらしいのです。

金峰(みたけ)の集落

犯人像

保見は、中学校を卒業し、大阪に出稼ぎに行きました。そこで、左官職人になり仕事をしていきます。好景気のおかげで仕事は順調で十分に収入を得ることができたようです。

そして、お金を貯め、故郷の金峰に戻ってきました。そして、「シルバーハウスMIHO」を建設します。

その建物に、カラオケの設備し、外壁には、派手なネオンを掲げました。地下には、トレーニングルームをつくり、器具類を充実させました。

保見は、この「シルバーハウスMIHO」を今でいうコミュニテーセンターのようものにしたかったのではないでしょうか。

当時の保見は村の過疎化を予想した先見性と行動力のある人だったと考えられます。

しかし、リターンハイ状態になっていた保見は、地域の人たちにあまり快く受け入れられませんでした。そして、徐々に孤立し、少しずつ奇行に走るようにいきました。

例えば、「つけ火して、煙喜ぶ田舎者」の文字が書かれた紙の掲示です。これは事件当時のニュースで、大きくクローズアップされたので読者の方も記憶があるのではないでしょうか。

私は、これを見て、横溝正史が書いた金田一シリーズの「獄門島」や「悪魔の手毬唄」などのおどろおどろしい世界観を思い出しました。

この張り紙は、いかにも、大胆不敵の犯人の犯行予告のように見えますが、実は、保見が以前に書いて、地下室に張りつけていたものでした。

保見は、犯行のずっと前からこのような(エロ・グロ)唄を考えては、地下室に飾っていたのです。

妄想に支配された犯人

犯人の保見は、裁判で「事件は警察のでっち上げだ。」と真剣に訴えます。狂言ではなく、真犯人は自分ではないと信じ切っているようです。

ですから、彼に反省の色はありませんし、遺族の方たちへ謝罪の言葉なども、もちろんありません。

第一審の山口地裁で保見は、それまでの供述を一転させ「被害者の頭は殴っておらず、家に火もつけていない。」と述べ、無罪を主張しました。

さらに「被害者の遺族には絶対に謝らない。自分の方が被害者なのだから逆に謝ってもらいたい」と述べています。

彼が犯人の可能性しかないのに、いったい何を言っているのでしょうか。きっと精神を病んでしまっているのでしょう。

一審・二審ともに死刑判決を受けた保見は、その後も無罪を主張し続けます。被害に遭った遺族の方々は強い憤りを感じながら保見が死刑になる日を待っているのではないでしょうか。

トラブル

  • 地域住民に知らせず勝手に農薬や除草剤をまいたという。
  • 地区の草刈り作業の際に、機械や燃料の費用などを負担させられた上に、草刈り機械を草と一緒に燃やされたという。
  • 保見所有の犬2匹に対し、村人が「臭い」と苦情を言い、大声でどなりあう喧嘩になったという。

などの一連のトラブルで、保見は、村人からどんどん孤立するようになり、精神安定剤を飲むようになったようです。

左官職人で得た収入と技術で地域のコミュニティーを建て、「村おこし」に燃えていましたが、彼の夢はもろくも砕かれてしまいました。

それは、回覧板を受け取ることもなく、自治会活動にも参加しなかったことが1つの原因なのかもしれません。

このようなことが「噂」の火種となり、大きくなり過ぎた「噂」が村中をおおいつくしていったのでしょう。

この事件が起こる前から、村には数件の不審火がありました。その不審火の犯行は保見ではなく、事件の被害者の一人だったということですが、真相ははっきりしません。

住民とのトラブルが多くなった保見は、「集落の中で孤立している。」とか、「近所の人に悪口を言われ、困っている」などと、周南警察署に相談しました。しかし、抜本的な解決はできなかったようです。

警察が保見と村人の間に入って、調整したり、彼の夢を理解する村人が一人でも存在したりしていれば、このような惨劇は起こらなかったことでしょう。そう考えると残念でなりません。

最後に

著者(高橋ユキ)が取材中に一番驚いたのは、トラブルの多さや、事件の悲惨さではなく、不審火が起こっても平然としている村人たちの様子だったそうです。「噂」の力は村人の正常な感覚をもマヒさせてしまっていました。

結局、真相は「藪の中」です。しかし、犯人は、保見しか考えられません。

いずれにせよ、金峰という村に流れる「噂」が事件を引き起こしたトリガーなっていることは間違いありません。

この本を読んだ筆者の私は、村に存在する「噂」は、高度情報社会に存在するSNS上の「噂」と同じ性質だと認識しました。

現在SNS上では、この村に存在したと同じように「新型コロナウイルス」にかかわる情報とともに様々な「噂」が飛び交っています。

それらの「噂」を鵜呑みにすることなく、自分の頭で思考し、冷静に判断し、適切な行動をしていかねばならないと考えます。